大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2456号 判決

原告 三藤産業株式会社

右代表者代表取締役 藤沢幹雄

右訴訟代理人弁護士 堀田勝二

同 根本はる子

被告 斎藤建設工業株式会社

右代表者代表取締役 斎藤忠治

右訴訟代理人弁護士 野島武吉

同 野島良男

被告 大協工業株式会社

右代表者代表取締役 早川勇次

右訴訟代理人弁護士 溝口喜文

主文

被告両名は原告に対して各自金三〇万円及びこれに対する昭和三三年一二月二五日から完済まで年六分の割合による金銭を支払うこと。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

(振出について)

本件手形が訴外長尾正倫によつて振出されたものであること、同訴外人が当時被告斎藤建設の専務取締役であつたことは原告と被告斎藤建設との間に争いがない。ところで、専務取締役のように会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を附した取締役の行為については、会社はその者が代表権を有しない場合でも善意の第三者に対してはその者のなした行為についてその責に任ずべきものであつて、このことは商法第二六二条の規定するところである。そして、手形行為については所謂記名押印の代行が認められているのであるから、専務取締役が専務取締役の資格を用いずに社長又は代表取締役の記名をし、その印章を押して手形を振出した場合にも相手方が善意である場合には会社は手形振出人としてその責に任ずべきものといわなければならない。本件手形は前記のように、被告斎藤建設の専務取締役である訴外長尾正倫が「取締役社長斎藤忠治」名義を用いて(この点は甲第一号証の一の記載によつて明らかである)振出したものであつて、しかも受取人たる被告大協工業の悪意の点についてはなんの主張立証もなく、かえつて証人村岡源市郎の証言と被告斎藤建設代表者の陳述からすれば、被告大協工業の常務取締役村岡源市郎は長尾正倫に本件手形の振出権限があるものと信じてその振出をうけたものであることが認められるので、長尾正倫に本件手形を振出す具体的な権限があつたかどうかを問うまでもなく、被告斎藤建設には本件手形の振出人としての責任がある。本件手形が偽造であるという被告斎藤建設の主張は、本件の場合には結局長尾のなした記名押印の代行を難ずるに帰し、とうてい採用できない。

(裏書について)

本件手形の裏書欄に裏書人として「住所東京都立川市錦町一丁目七二番地大協工業株式会社常務取締役村岡源市郎」の記載があること、被告大協工業は裏書当時東京都台東区浅草左衛門町六番地に本店を有していて裏書人の肩書地たる立川市錦町一丁目七二番地には立川営業所を設けていたが本店はなく、右肩書地には訴外村岡源市郎を代表取締役とする同一商号の訴外大協工業が設立されていたこと、これらの事実はいずれも原告と被告大協工業の間に争いがない。したがつて、裏書欄にある住所の記載からすれば、本件の裏書人は被告大協工業ではなく、訴外大協工業であるとみるのが相当であるが、裏書欄の住所の記載に重点を置いて直ちにかく断定することは早計に失するものと考える。その理由は次のとおり。

手形法七六条は、「振出地ノ記載ナキ約束手形ハ振出人ノ名称ニ附記シタル地ニ於テ之ヲ振出シタルモノト看做ス」と定め、「振出地ハ特別ノ表示ナキ限リ之ヲ支払地ニシテ且振出人ノ住所地タルモノト看做ス」と規定している。すなわち、振出人の肩書地は一定の場合には手形法上振出人の住所地と看做されるのである。そして、住所地と看做すというのは、肩書地が実際の住所地であると否とを問わず、手形法上はこれを住所地として取り扱うということなのであるから、手形法は肩書地と実際の住所地が一致しないものであることを前提として―このことは法が単に「振出人ノ名称ニ附記シタル地」といつて住所との関連を問題にしていないことからも知られる――手形法上の関係において肩書地を住所地と看做したものにすぎない。いいかえれば、肩書地は手形法上の住所にすぎないのであつて実際の住所とは関係がないのであるから、肩書地の記載によつて直ちに振出人の同一性を一義的に決定することは手形法上許されないところであるとしなければならない。ところで、裏書の場合には肩書地を記載する必要はなく、これを記載しても遡求の通知の宛所としての意味しかないのであるから、裏書人は遡求の通知を受けるに便利な場所を肩書地として記載できる筈であつて肩書地は住所地でなければならないなどという必要は全くない。このことは振出人の肩書地に対する手形法の前記態度からも容易に窺うことができるところであつて、裏書人の肩書地も振出人の肩書地と同様にあくまで手形法上のものであつて実際の住所地は関連するところがないのであるから、裏書人の肩書地を実際の住所地とみてこれによつて裏書人の同一性を一義的に決定することは手形法の解釈として許されないものとしなければならない。もつとも、実際には手形振出の場合も裏書の場合も手形用紙の住所欄に「住所」として肩書地が記載され、その肩書地が実際の住所地と一致していて、肩書地が振出人又は裏書人の同一性の判定基準となつているのが通例であるが、これは実際の便宜にもとづく慣行であつて、もとより十分尊重さるべき慣行であるが、住所地と肩書地が一致しない場合や本件の場合のように裏書人の肩書地に同一商号の別個の会社が設立されているような特殊の場合には右のような慣行にこだわらず、手形法の本来の筋道に帰つて、肩書地と住所地を峻別し、肩書地によつて一義的に裏書人を定めるようなことなく、実際に裏書をなした者がいずれの会社であるかによつて裏書人を定めるべきものであると考える。そして、証人村岡源市郎及び原告代表者の供述並びにこれらの供述によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証によると、原告は被告大協工業の立川営業所を通して同被告会社に暖房工事用資材を売渡し、その代金支払のために被告大協工業の常務取締役であり、立川営業所長でもある村岡源市郎から善意で本件手形(甲第一号証の一)の裏書をうけたものであることが認められ、他にこの認定を左右するに足る確証はないのであるから、本件手形の裏書人は訴外大協工業ではなく被告大協工業であつて、原告はこの裏書によつて有効に本件手形上の権利を取得したものとみなければならない。

(むすび)

右のとおり被告斎藤建設は振出人として、被告大協工業は裏書人として本件手形につきその責任を負うべきものである。そして被告大協工業が拒絶証書作成義務を免除して裏書したものであることは前示甲第一号証の一の本件約束手形の裏書欄の記載によつて明らかであり、原告が本件手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたがその支払を拒絶されたことは当事者間に争いなく、原告が本件手形の所持人であることは甲第一号証の一の本件手形を現に所持していることによつて明らかである。

よつて、被告両名に対し本件手形金三〇万円及び満期の昭和三三年一二月二五日から支払済まで年六分の割合による利息の支払を求める原告の請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井良三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例